2026年は、米国によるベネズエラのマドゥロ大統領の拘束を目的とした軍事作戦という波乱の幕開けとなりました。コントロール・リスクスは2026年のトップリスクの一つとして「新たなルールはノールール」を取り上げましたが、この作戦はまさに既存の国際ルールの枠外で行われ、その正当化根拠も自衛のための米国の国内法上の法執行とされています。本稿では、当社が挙げた5つのトップリスクについて、上半期の情勢を踏まえてグローバルなリスク環境を概観します。なお、本稿は2026年8月17日時点の情報に基づいています。
新たなルールは「ノールール」
米国のベネズエラに対する軍事作戦、米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃、そして今なお続くロシアによるウクライナ侵攻。いずれも国連安保理をはじめとした国際ルールによる正当性の根拠は得られていません。米国はイランへの攻撃開始後の3月10日に国連憲章第51条(自衛権)に基づく通知を安保理に対して行っているものの、その法理には多数の疑義が示されています。武力行使に安保理による授権が伴っておらず、既存の国際法の枠組みでの正当化を得ようとする試みが限定的である点に、現在の「ノールール」化しつつある国際秩序の特徴が見て取れます。
通商面でも同様です。米国による全世界への追加関税の賦課は、米国自身が推進してきたGATT‐WTO体制による貿易自由化を否定するものです。国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とした追加関税は米国司法により否定され、関税の返還手続きが開始されていますが、トランプ政権は他の国内法的根拠による関税賦課を試みています。対象となった各国・地域は、対抗措置と二国間交渉の間で揺れ動きました。日本や韓国、英国は二国間交渉による関税軽減を図る一方、EUや中国は交渉と対抗措置を同時並行させ、より強い姿勢をとっています。
こうした「ルール外での措置と二国間交渉による解決」は、戦後形成されてきた国際ルールの弱体化を示すものといえるでしょう。国連憲章第51条の個別的自衛権も、WTOの安全保障例外(GATT第21条)も、その理念は安保理や紛争解決パネルが機能することを前提としています。こうした前提が揺らぎ、国家の自己解決や例外規定が濫用され、企業は「自社の事業は最終的に国際的な枠組みに守られる」という想定そのものを置きにくくなっています。
アクティビスト化する社会
既得権益や既存権力に対する直接的な行動は、2026年前半を通じて多数発生しています。インドでは、最高裁判所長官スリア・カント氏が若年層の一部を「ゴキブリ」「社会の寄生者」と評したとされる発言をきっかけに、風刺的な政治運動「ゴキブリ人民党(Cockroach Janta Party)」が結成されました。若年層の高い失業率や大学入学試験の問題流出疑惑への不満を背景に、6月から7月にはニューデリーで治安当局との衝突を含む大規模な抗議活動に発展しています。
下表のとおり、世界各国で発生した暴動・抗議活動の発生件数は、昨年の両半期と比べても今年の上半期は増加傾向が見られました。その発生要因は各国・地域により異なるものの、根底にあるのは既存の政治・社会システムに対する不信感です。選挙や行政手続きは救済手段になりえないとの認識が広がり、より直接的に社会に対する不満を表明し解決を求める動きが活発化していると見られます。
表1:半年間で発生した暴動・抗議活動事案の件数
| 期間 | 検証済みの暴動・抗議活動インシデント |
| 2025年1~6月 | 18,842 |
| 2025年7~12月 | 21,195 |
| 2026年1~6月 | 23,722 |
出典: 当社リスク情報プラットフォーム「Seerist」
こうした動向は短期的なものではなく、経済的・社会的格差の増大や政治的分断の拡大にともなって今後も継続することが見込まれます。加えて、2026年後半以降には重要な選挙が相次いで予定されており、選挙に関連した抗議活動や暴動の発生も想定されます。共通する争点は、移民・経済格差・インフレ対策といった内政問題と、大国との関係やグローバリゼーションを巡る外交・通商問題です。争点の大きさは政治的分断につながり、社会的混乱をもたらすような事態が懸念されます。
表2:2026年下半期以降の主要な選挙日程
| 予定日 | 国・地域 | 選挙 |
| 9月13日 | スウェーデン |
国会議員選挙 |
| 9月18~20日 | ロシア |
下院選挙 |
| 10月4日 | ブラジル |
大統領選挙 |
| 10月27日 | イスラエル |
総選挙 |
| 11月3日 | 米国 |
議会中間選挙 |
| 11月28日 | 台湾 |
統一地方選(九合一選挙) |
| 2027年1月16日 | ナイジェリア |
大統領及び国会両院議員選挙 |
| 2027年4月18日 | フランス |
大統領選挙(第一回) |
出典: 各国当局発表より筆者作成
AIとコンピューティング能力の競争激化
国家間競争としてのAI能力の拡大は、その競争の方向性がより明確になりつつあります。AIの精度や処理能力といった質的側面、それらを支える大規模データセンターや半導体などのサプライチェーンという物質的側面、そしてAIの利活用やアクセス規制に関する制度的側面の三つです。
制度面の象徴的な事例が、2026年6月に発生しました。米国政府は6月12日、国家安全保障上の懸念を理由に、Anthropic社の先端モデルFable5およびMythos5について、国内外を問わずすべての外国籍ユーザー(同社の外国籍従業員を含む)のアクセスを停止するよう命じる輸出管理指令を発出しました。この指令は、モデルの安全機構を回避する「脱獄」の手法が存在するとの認識を政府が持ったことが背景にあるとされます。同社がユーザーの国籍を確認する手段を持たなかったため、両モデルは全ユーザーに対して停止され、その後、輸出管理措置は6月30日に解除、翌7月1日に提供が再開されています。
停止期間は約3週間でしたが、この事案が示す論点は二つあります。第一に、政府の指令や提供者の判断によってAIサービスが強制停止されうる以上、特定の単一提供者・単一モデルへの依存それ自体が事業継続リスクになりうるということです。第二に、みなし輸出がアクセス制限の法的根拠となった以上、今後AI事業者には、契約者・利用者の属性に対する検証責任が求められる可能性があります。企業には、規制の蓋然性が相対的に高いフロンティアAIが真に必要な業務と、より小規模・オープン・ローカルホスト型のモデルで代替可能な業務とを切り分けておくことが推奨されます。
AIを支えるデータセンターやインフラ構築にも逆風が生じています。米国や欧州では設置計画に対する反対運動が増加し、計画のキャンセルや現地当局による承認撤回も発生しました。加えて、中東情勢の悪化によるエネルギー価格の上昇や、欧州の熱波と干ばつによる原子力発電所の稼働停止は、膨大なエネルギーを必要とするデータセンターの供給計画に影響を及ぼす可能性があります。米中間の半導体・AIインフラを巡る輸出管理や国産化政策も、機器調達の選択肢とコストに影響を及ぼしています。
組織犯罪ネットワークの拡大
犯罪収益の全容を正確に把握することは困難ですが、当社の犯罪リスク分析の専門チームは、マネーロンダリング、麻薬密売、密輸、贈収賄、人身売買、詐欺、窃盗、偽造、環境犯罪、サイバー犯罪などを含む組織犯罪の規模が、2026年には4兆米ドル以上、世界のGDPの3~4%にも相当する規模になると試算しています。これは、組織犯罪が農業や石油・ガス産業と同等のグローバル経済セクターであることを意味します。麻薬密売組織(DTO)、マフィア、カルテル、サイバー犯罪グループなどは、複雑なサプライチェーンと高度な法的・財務的取り決めを備えた多国籍企業として活動するケースが増えており、通常の事業活動において意図せずこれらの組織と接触する蓋然性が高まっています。
組織犯罪は2026年も世界的な拡大を続け、地政学的および技術的な競争を利用して安全な拠点を確保し、新たなビジネスモデルを育成していくとみられます。企業は物理・情報セキュリティの双方で脅威に直面し、新たな技術によって彼らの能力が強化されるにつれ、脅威はさらに深刻化するでしょう。また、各国政府が組織犯罪集団に対して軍事的な戦術を採用するにつれ、周辺地域での暴力がエスカレートし、ビジネスに間接的な脅威をもたらすリスクもあります。戦争や紛争が犯罪組織の活動を可能にする空白地帯を生み出している点でも、地政学的なリスク環境の変化と連動しています。
こうした環境において、厳格なコンプライアンスの導入、維持、監視のメカニズムを強化する必要性はさらに高まるでしょう。企業は、贈収賄、汚職、資金洗浄、テロ資金供与に対抗するための強固なプログラムを維持し、これらの活動や制裁対象者・団体との接触を避けるため、取引や関係を慎重に審査する必要があります。
正常化のわな
当社の2026年のトップリスクに基づいて上半期を振り返ってきましたが、上述した以外にも想定外とされるような事態が発生しています。2025年の時点で、ホルムズ海峡が実際に長期間物理的に閉鎖される可能性を真剣に考え、対応を検討してきた企業がどれほどあったでしょうか。
潜在的なリスクへの対応にはコストが必要であり、発生可能性と影響度という従来型のリスク対策のアプローチにも一定の合理性はあります。一方で、現在私たちが直面しているのは、リスク環境がこれまでに経験したことのない速度と規模で変化する社会であり、外部環境の不確実性の上昇です。そうした状況下では、想定外を減らすという従来型のアプローチだけでなく、そもそも想定外が起こりえるという前提で、レジリエンス(柔軟性、抗堪性、回復力)のある体制を構築することが必要となります。
その最大の障害となるのが、私たちの認知機能に組み込まれた重大な事態への慣れと正常性バイアスです。特定のリスク事象が続発すれば、人間は対策や対応を経験から学ぶ一方で、そのリスク事象に対する警戒心や重大性の評価を引き下げてしまいます。重大な影響を及ぼすシグナルと日常的なノイズは区別する必要があるのです。「正常化のわな」に陥らないためには、「低確率・高影響のシナリオも含めた継続的なストレステスト」「部門横断的な情報共有」「バイアスを疑いながら変化の予兆を捉えるインテリジェンス機能」を組み合わせ、組織全体のレジリエンスを維持することが求められるでしょう。
コントロール・リスクスのサポート
2026年下半期のリスク環境の見極めや、危機管理・インテリジェンス体制の見直しについてご相談などがございましたら、下記フォームよりぜひお問い合わせください 。
執筆者: 菊池朋之