ベトナムの反腐敗運動により高まるビジネスリスク
ベトナムの反腐敗運動により高まるビジネスリスク
【本記事のサマリ】
- ベトナムでは強力な反腐敗運動が推進されており、2022年初頭から特に不動産業界などで摘発が相次ぐ。
- 企業は自社やパートナー企業、投資先が不正・汚職調査の対象となる可能性が高く、ビジネスリスクが高まっている。政府機関によるプロジェクト許認可の停滞も発生しており、プロジェクトの遅延リスクも注視が必要。
- ベトナムで事業・投資を行っている企業は、ベトナム国内の政治動向を注視しつつ、包括的なステークホルダーマネジメントが求められる。
ここ数年、ベトナムはアジアで最も魅力的な投資先の1つとして注目されてきました。その背景には、力強い経済成長、外資導入に前向きな政府、世界の製造業における中心的な位置づけ、そして比較的安定した政治的基盤などがありました。しかし、このような認識は、昨今のベトナム共産党による強力な反腐敗運動により損なわれつつあります。
2023年1月、グエン・スアン・フック国家主席と2人の副首相が、パンデミック対策関連の汚職容疑で辞任したことは多くの人を驚かせました。また、反腐敗運動の矛先は民間企業にも向けられており、ビジネスリスクを高めています。
不動産業界での相次ぐ逮捕劇
ベトナムでは、2022年初頭から不動産業界で逮捕者が相次ぎましたが、その多くは株価操作や国有地資産取得の汚職に関連するものです。ベトナムの土地はすべて国有で、政府関係者は大きな裁量権を持っています。汚職リスクの高さを考えれば、不動産業界がターゲットになるのは当然かもしれません。これまでに、FLCグループ、VTPグループ、タンホアンミン・グループなど、著名な不動産開発会社が相次いで摘発されています。民間を浄化し、世界の投資家にポジティブなメッセージを送るというベトナム共産党の意図がある一方で、この反腐敗運動が政治により推進されていることは間違いないと見ています。
政治的つながりの代償
先述の不動産開発会社3社は、2026年の次期党大会で退任する際に自分の後継者を就任させようと工作するグエン・フー・チョン党書記長のライバル側と政治的つながりを持つという共通点があります。チョン党書記長は「反腐敗」を指導の中心テーマに掲げ、汚職は党の正統性に対する存亡の危機であると警告しています。また、反腐敗運動の推進により、政界で対立する派閥をなくし、2026年に自身とその味方に対抗するであろう勢力の抑制をはかっているのです。
例えば、VTPグループ会長で中国系ベトナム人のチュオン・ミー・ラン氏は、ヘアアクセサリーの小売業者としてキャリアをスタートさせた後、ホーチミン市で最も有名な不動産資産を含む不動産帝国を築きながらも、当初は目立たない存在でした。彼女が、今やベトナムで最も成功した実業家の1人となった背景には、政治的つながりが重要な役割を果たしたと見られています。そして今、その政治的つながりが彼女の失脚に大きく寄与しているのです。
経済的な打撃
この強力な反腐敗運動は、すでに経済にダメージを与えています。不動産やキャピタルマーケット業界では、政治的な争いに巻き込まれ価格が崩壊しています。政府機関は、捜査対象となりうるプロジェクトの決裁を嫌がり、それにより何千ものプロジェクトの許認可が遅れ、コストが膨らみ、外国人投資家を混乱させています。
コントロール・リスクスの見解では、現在1,500以上の企業が、VTPグループおよびラン氏との関係を理由に、政府の監視下に置かれています。ラン氏の逮捕により、VTPグループと関係が深いと見られていたサイゴン商業銀行(SCB)から預金を引き出そうとする顧客が店舗に詰めかけるなど預金流出が発生。SCBはラン氏との関係を否定しており、また、ベトナム国家銀行(中央銀行)が、SCBはこのスキャンダルの影響を受けていない旨を繰り返し説明しているものの、火消しは出来ていません。ラン氏の逮捕により、他の多くの地元企業関係者も捜査の対象となっています。また、複数の著名な不動産開発会社がラン氏の企業との不透明な株式持ち合いや投資を行っていたため、倒産の危機に瀕しています。
「はじまり」にすぎない
反腐敗運動は、一向に収まる気配がありません。2022年10月、政府は2023年の不正・汚職調査の対象を金融・銀行・不動産に絞ると発表していますが、今年のベトナム共産党の中間議会に近づくにつれ、政治的な内輪もめは、さらに顕著になると予想されます。コントロール・リスクスの見解では、調査対象となっているベトナムの著名企業のオーナーや家族は、相次いで資産売却を進めています。外国企業や投資家がこの反腐敗運動に思わぬ形で巻き込まれる可能性は高く、実際に巻き込まれてしまった企業は、風評被害や法的、財務的な影響を最小化するのに苦戦しています。
また、政治的な駆け引きは、外国企業にとってさらなる懸念事項です。フック氏は経済のかじ取り役としての信頼も厚く、外資の擁護者でもあったため、グローバルビジネス界にとって心強い存在でした。また2人の副首相の辞任は、少なくとも短期的には政策決定に不確実性をもたらすでしょう。
企業が大きな打撃を受けないために
ベトナム国内で投資、プロジェクト、事業を計画/実施している企業(特に反腐敗運動により大きな影響を受ける業界の企業)は、ベトナム国内の政治動向を注視することを強くお勧めします。また、現在の協業先または協業を検討しているパートナー企業や投資先の政治・ビジネス上のつながりを徹底的に把握することが重要です。直接の調査対象とならない企業や業界だったとしても、多くの分野で許認可プロセスがほぼ停止していることから、進行中のプロジェクトや新規プロジェクトの遅れを考慮する必要があります。当局からの調査や問い合わせに迅速・適切に対応するためには、包括的なステークホルダーマネジメント戦略が不可欠です。
コントロール・リスクスでは、各領域の専門家による政治・カントリーリスク分析や、ベトナムでの協業パートナーや投資先に関する調査、ステークホルダーマネジメントなどのご支援を提供しています。ベトナムビジネスに関するご相談等ございましたら、ぜひ下記問い合わせフォームよりご連絡ください。