エネルギー移行の岐路:地政学的リスクと経済的制約

エネルギー移行の岐路:地政学的リスクと経済的制約 


2023年末にドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにするネットゼロ目標に向け、締約国に「化石燃料からの移行を進め、今後10年間で行動を加速させる」ことを定めるなど、ある一定の進展が見られました。しかし依然として課題は残っています。本記事では、エネルギー移行の現状を評価し、今後数年間の再生エネルギー投資の見通しについて解説します。 

  • COP28の合意内容では、ネットゼロを達成するために必要な化石燃料の「段階的廃止」は盛り込まれず。複雑な再生可能エネルギープロジェクトの相対価格に引き続きネガティブな影響を及ぼすだろう。
  • 今後1~2年の見通しとして、高金利などの世界的なマクロ経済状況が、より複雑なクリーンエネルギープロジェクトの進捗を妨げるだろう。
  • 地政学的な競争が、エネルギー転換の勢いを妨げ、特に技術連携、政策調整、重要資源へのアクセスなどに影響を及ぼす。
  • 規制の不確実性、インフラの欠陥、サプライチェーンの混乱は、積極的に脱炭素化計画を進める企業にとって重要なリスクとなる。

エネルギー移行 or 再生エネルギーの追加?

クリーンエネルギーの発電電力量は急速に増加し続けています。国際エネルギー機関(IEA)によると、2023年の再生可能エネルギー容量の増加は約50%増加し、22年連続で過去最高を更新しました。しかし、化石燃料の消費と投資が増加し続ければ、事実上のエネルギー移行は実現できません。気候危機の緊急性が高まっているにもかかわらず、化石燃料の消費や投資は増加しています。クリーンエネルギーへの投資は、過去3年間で化石燃料への投資を上回るペースで増加していますが、化石燃料への投資も世界中で増加しています。

世界のエネルギー投資額(2018~23年)

化石燃料への投資が増加している背景には、特にウクライナ紛争とガザ紛争の影響、そしてそれに関連する先進国・新興国双方のエネルギー安全保障と価格への懸念が影響しています。また、中東、米国、カナダ、ブラジル、ガイアナなど、伝統的な産油国や新興産油国における石油・ガス関連プロジェクトが強い経済基盤を持っていることも影響しています。これらの産油国は、輸出の増加やエネルギー安全保障の見通しの改善といった恩恵を受けており、生産拡大を止めない短期的な経済的動機を持ち続けています。その結果、化石燃料は、短期的にコストを上げずにエネルギー供給を確保したい国や企業にとって有利な選択肢であり続けます。そして、化石燃料に対して再生可能エネルギープロジェクトが相対的にコストが高くなってしまうという課題が根強く残ります。

再生可能エネルギーの拡大

これは、エネルギー(特に電力)の全体的な需要が増加し続けるにつれて、再生可能エネルギーの拡大が鈍化することを意味するものではありません。それどころか、前向きな技術開発、政策支援、規模の経済が、今後クリーンエネルギーへの投資の増加を後押しするでしょう。太陽光発電と風力発電は引き続き成長を牽引するでしょう。またグリーン水素(製造工程においてもCO2を排出せずにつくられた水素)についても、各国政府や投資家がプロジェクトのリスク軽減に取り組んでいます。

ここ数年、再生可能エネルギーの発電電力量は、欧州、米国、そしてインドやブラジルといった中堅国など、さまざまな地域で増加しています。例えば、中国では、2023年に、前年の世界全体と同じ量の太陽光発電を開始し、風力発電は前年に比べて66%増加。中国は今後数年間、クリーンエネルギーの主要生産国であり続けるでしょう。その結果、米国やその同盟国との戦略的競争がさらに激化するでしょう。

再生可能エネルギー全体の成長ペースは、不安定な地政学的状況やマクロ経済に大きく影響を受けます。特に地政学的な対立が続く間は、各国政府がエネルギー安全保障、経済効率、環境保護といういわゆる「エネルギー・トリレンマ」を天秤にかけます。その結果、積極的な再生可能エネルギーの推進が難航するでしょう。また、インフレ圧力による金利上昇は、少なくとも1~2年の見通しでは、より複雑な再生可能エネルギープロジェクトの推進を阻害するでしょう。

国際的な協力の難航

地政学的な競争は、エネルギー移行にとって重要な問題であり続けるでしょう。これは、エネルギープロジェクトに直接関与する企業だけでなく、サプライチェーンを確実かつ迅速に脱炭素化する必要がある企業にとってもリスクとなります。近年、科学界からも繰り返し強調されているように、気候変動対策には国際的な協力が不可欠です。 技術連携、政策調整、重要資源の円滑な貿易フローの確立など、最近のCOPでは、秩序あるエネルギー移行の基盤として多国間主義が重要視されています。

しかし皮肉にも、エネルギー移行は競争の場と化しています。 主要国は、自国のエネルギー自給率を高め、他国が優位性を確保するのを食い止めるためにしのぎを削っているのです。この動きは、重要鉱物や新興テクノロジーに焦点を当てた貿易管理、規制の武器化、電気自動車(EV)に関する国内補助金政策などに現れています。

いくつかの例外はあるものの、米中対立の構図で下記のような提携が結ばれており、競争の勢いが増していることが伺えます。

  • 2024年4月、日本と米国は、浮体式洋上風力発電における連携を発表。
  • 2024年4月、MSP(鉱物資源安全保障パートナーシップ:Minerals Security Partnership)フォーラムを設立。
  • BRICS+ブロックが脱ドル化を推進し、代替投資ルート(アフリカ、南アジア、ラテンアメリカなど)を確立。

AIの台頭

エネルギー転換をけん引する重要な要素であり、同時にそれを複雑化させる要因にもなるのが電気です。 電気自動車 (EV) の大幅な普及と産業システムの電化が相まって、国や企業はより速やかにエネルギー構成の脱炭素化を進めることができます。 新たなAI ベースのツールは、エネルギー転換を加速させるような技術革新の可能性をさらに高めるでしょう。

しかし、AIなどの新興技術の需要増により、電力網の過負荷を頻繁に引き起こす可能性もあります。電力網は、先進国・新興国双方で増大する需要を吸収するための十分な準備ができていません。 国際エネルギー機関(IEA)によると、今後3年間で世界の電力需要は年間平均3.4%増加する見込みです。特にデータセンター、仮想通貨、AI関連の需要が今後3年間で倍増し、全体の需要増において大部分を占めると予測しています。

電力需要の増加と、気候変動による熱ストレス(人々が身体の生理的障害なしに耐え得る限度を上回る暑熱)の頻発化・深刻化が相まって、電力不足に関連する運用リスクが高まります。地球の気温が上昇し続けるにつれて、電力不足が高頻度かつ長期間発生するリスクはさらに高まるでしょう。

全世界の発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合(2010~2028年)

ビジネスへの影響と求められる対応

気候危機は世界中のビジネスや日常生活にますます深刻な影響を及ぼします。不安定なエネルギー移行は、地政学情勢に不安定さをさらに加えることになり 、世界経済にとって混乱のリスクが高まるでしょう。このような背景から、企業は、規制の変動や業務の混乱など複合的なリスクにさらされることになります。脱炭素化は、将来を見据えた投資を行い、増大する規制やコンプライアンスへの対応を行う企業にとって、引き続き重要な課題です。企業は、地政学的な動向を的確に評価し、長期的に取り組みを進める覚悟と確固たる計画を持つことが求められます。これがなければ、技術的にも政治的にも達成不可能な脱炭素化目標を追い求めることになるかもしれません。しかし、このような状況をうまく乗り切ることができれば、企業はエネルギーのトリレンマを克服し、経営のレジリエンスを大幅に向上させることができ、強力な競争力を得ることができるでしょう。

 

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