政治的不確実性により高まるバングラデシュのビジネスリスク

政治的不確実性により高まるバングラデシュのビジネスリスク


過去10年間、バングラデシュは不安定な地域でありながらも急速な発展を遂げている国として世界から注目されてきました。バングラデシュの発展は、比較的安定した政情、管理しやすい安全保障環境、力強い経済成長などにより支えられてきました。しかし、その代償として、権威主義の強化、政治的反対勢力や市民社会への弾圧、既製服輸出産業への過度な依存などがもたらされました。2022年半ば頃から、シェイク・ハシナ政権とバングラデシュにおける政治の行方に対し、疑問視する声が強まってきています。

 

【本記事のサマリ】

  • 2024年初頭に総選挙を控えるバングラデシュ。14年にわたり政権を握ってきたシェイク・ハシナ首相率いる現政権が続投するのか、政権交代が行われるのか注目が集まっている。
  • これまで現政権の強いリーダーシップにより政治情勢は比較的安定していたものの、インフレや経済状況の悪化により高まる国民の不満や、反対派の抗議活動が活発化する可能性が高まっている。
  • 政治的見通しが不透明なため、バングラデシュで事業や投資を行う日本企業は、政治動向を注視する必要性が高まっている。バングラデシュへの新規投資や事業展開の際には、パートナー企業の政治的つながり等について事前に慎重な調査・分析・評価を行うことが重要。

バングラデシュにおけるビジネス環境

2022年7月、バングラデシュ政府は、ロシア・ウクライナ紛争による世界的インフレをきっかけとした国際収支危機に対処するため、IMFに融資を打診。翌年1月にこの融資は承認されましたが、バングラデシュの当面の経済状況を解決するための万能薬にはなっていません。バングラデシュの外貨準備高は、厳しい外部環境の中で減少の一途をたどっています。総輸出の85%およびGDPの10%を占める既製服輸出産業は、最大の輸出先である米国・欧州の可処分所得がインフレにより低下しているため、しばらく不安定な状態が続くでしょう。

政府は、各家庭の電力・エネルギーに対する補助金の廃止などの措置を取る可能性があり、騒乱のリスクがさらに高まります。騒乱が発生すれば、企業のオペレーションに支障をきたすでしょう。また、商業用ガス小売価格の継続的な上昇は、バングラデシュの企業の運営コストを引き上げています。政府は、徐々に原油輸入の再開を検討しているようですが、国内生産が不十分で送配電インフラも脆弱なため、今後の購入計画では、特に夏のピーク時のエネルギー需要を満たすことは難しいと思われます。そのため、定期的な停電が発生し、事業活動に支障をきたすことが予想されます。そして、政府はIMFの要請である歳入改善に向けて、徴税をより厳格に実施するため、企業に対する監視の目が厳しくなるでしょう。

2024年の選挙の行方に関わらず、厳しいビジネス環境は続くかもしれませんが、そのような困難の中にも、長期的なチャンスが潜んでいます。新型コロナウィルス感染症流行と国際収支の危機により、経済の多角化を求める声が高まっています。

2024年以降、現政権のアワミ連盟(AL)と主要野党のバングラデシュ民族主義党(BNP)のどちらが政権を主導しても、インフラ、再生可能エネルギー、医薬品、農業、皮革、自動車部品、ICT製品などの分野で外国投資の拡大を求めることになります。しかし、バングラデシュ政府は、これまで規制緩和やビジネス環境改善などの取り組みで実績を出せていません。

■日本企業が注視すべきリスク

  • 選挙結果によらず、バングラデシュ政府にとってインフラ関連プロジェクトは優先事項であり、外国からの投資誘致や企業誘致を積極的に行うでしょう。しかし、こういったプロジェクトには膨大な時間とコストがかかります。土地の許認可に関わる問題で、プロジェクトの実施が数年遅れることも少なくありません。
  • 許認可の取得に関連する賄賂は一般的な慣習であり、企業の誠実さに関するリスクが高まっています。バングラデシュの道路、橋梁、鉄道の建設にかかる1kmあたりのコストは世界から見ても高額であるため、プロジェクトの遅延や汚職は、プロジェクトの運営コストを増大させるリスクがあります。
  • バングラデシュの政治的な見通しが不透明なため、現地企業(特に現政権と密接な関係を持つ企業)と提携することは、2024年初頭に政権が交代した場合、政治的リスクおよび契約リスクをもたらす可能性があります。

バングラデシュ国内の政治動向

バングラデシュの経済的苦境の中で、バングラデシュ民族主義党(BNP)率いる野党は復活の機会を見出しました。各地で大規模なデモ・抗議運動を行い、ハシナ首相の経済危機に関する管理対応を非難し、政治的に中立な選挙管理内閣(過去にバングラデシュで導入されていた独自の制度。2011年にハシナ首相主導のもと憲法改正により廃止 )下での総選挙実施を要求しています。14年以上政権を維持してきたハシナ首相が2024年の選挙を待たずに自ら政権を手放すことはないでしょうが、彼女がこれまでまとってきた「無敵のオーラ」は大きく損なわれてきています。

バングラデシュ民族主義党(BNP)が抗議運動を進めていますが、それに対するハシナ首相の対応は、選挙までの道のりを形作ることになるでしょう。ハシナ首相は、状況が変化する中でも、自身のやり方を変化・適応させる兆候を見せてはいません。抗議者の要求を無視し、野党指導者の強権的な取り締まり、監視/検閲の強化、BNPとの衝突をしばしば引き起こすALによる反対抗議など、以前から行われている戦術は今後も続くでしょう。こういった対応は、選挙の透明性に対する懸念を高め、2024年の選挙までの期間に暴力的な衝突を起こることを予感させます。

不正選挙が疑われれば、大規模な政治的暴力が引き起こされ、国際的な制裁を受ける危険性が高まります。一方、自由で公正な選挙が実施されれば、15年ぶりに新政権が誕生する可能性もあります。透明性のある選挙が実施される可能性は低いですが、経済問題を食い止められない政府に対する持続的な抗議行動と国際的圧力が重なれば、ハシナ首相の手を煩わせるかもしれません。

ハシナ首相在任中は、権力の集中やバングラデシュの制度が骨抜きになるようなことが進められてきました。そしてこれらは、バングラデシュにおけるビジネス環境も形成してきました。2024年にハシナ首相の対立候補が政権を奪取すれば、事実上ALの行政部門と化した官僚機構や、政権中枢に近いことで脚光を浴びてきた財閥などにも影響が及ぶでしょう。政権交代はこの既存システムのリセットを意味し、バングラデシュで事業活動を行う企業にとっては、事業中断のリスクが増大します。

揺れ動く治安状況

バングラデシュの比較的穏やかな治安状況は、ハシナ首相の強力なリーダーシップと大きく関係しています。2016年7月、ダッカ市内のグルシャン地区でレストランが襲撃され、日本人7名を含む外国人17名が犠牲となった事件以降、バングラデシュにおけるテロは大幅に減少しています。ハシナ首相は、断固とした態度でテロに対処してきました。厳しい物理的監視、テロリストや協力者などの殺害・逮捕により、国内の過激派ネットワークは著しく弱体化しています。

しかし、過激派の容疑者が定期的に逮捕されていることから、依然として過激派グループはバングラデシュ国内で活動しており、長期的に宣伝や勧誘を行っているものと思われます。政府の努力にもかかわらず、オンラインを活用し勧誘を活発化する可能性が高いです。そのため、過激派グループが現在大規模な攻撃を行う能力を持たずとも、自己急進化した若者やスリーパーセル(一般市民を装い潜伏するテロリスト)による小規模な攻撃の脅威を排除することはできません。

政治的安定が崩れたり、選挙後の政治的混乱が起きれば、この状況は一変する可能性があります。2024年以降テロ活動が再び活発化すれば、政府関連施設や政府関係者 、礼拝所、レストラン、ショッピングモール、そのほか公共の場に対する攻撃のリスクが高まります。民間企業や複合商業施設が直接狙われる可能性は低いものの、偶発的または間接的な脅威となるでしょう。複数の日本企業が関与しているインフラプロジェクトなどは、完成していても進行中であっても、そのような事態が発生した場合、特に脆弱性が高まります。

政権の行方とビジネスへの影響

2024年の選挙で何が起こるかはともかく、高齢で体調不良の噂もあるハシナ首相が政治の舞台から去るのは、時間の問題です。そして、ハシナ政権後の政治状況は不明確です。BNPはすでに、タリク・ラフマン氏が、母親であるカレダ・ジア元首相の後を事実上引き継ぎ、世代交代が進んでいるようです。ラフマン氏率いるBNPは、欧米の利益とより一致させ、外国投資を奨励し、テロに反対する姿勢を示す可能性があります。

一方、ハシナ首相には明確な後継者計画がないように見えます。後継者と目されているハシナ首相の親族は、党内、市民、そして治安当局などの重要な機関において、多数の支持を得られていません。ハシナ首相の親族が指揮を執ることで、ある程度の政策の継続性は得られても、彼らの決断力の欠如と比較的弱いリーダーシップは、政治的に不安定なリスクをもたらし、ひいてはビジネス環境にも大きな影響を与えるでしょう。

企業は、ポスト・ハシナ政権のシナリオに向けた準備を始める必要があります。ハシナ首相の内部関係者以外のステークホルダーとのコミュニケーションも含め、AL指導部およびBNP指導部の双方と関係を構築することが重要です。同様に、企業はBNP指導部との繋がりを築く必要もあります。

しかし、現在の政治環境では反発のリスクもあるため、企業は慎重に取り組む必要があります。バングラデシュへの新規投資を行う際には、パートナー候補に特有のリスクや、バングラデシュでの事業を弱体化させる可能性のある政治的つながりについて、事前に慎重な調査・分析・評価を行うことが重要です。

コントロール・リスクスでは、バングラデシュの政治リスクや地政学的リスクの専門家のほか、現地の人的ネットワークを駆使した高度なデュー・デリジェンスを行う専門家が連携し、バングラデシュでの事業や投資に向けた支援を提供しています。より詳細情報や具体的なご相談などございましたら是非下記フォームよりお問い合わせ下さい。

 

 

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