第3次モディ政権発足:インドの政治変動とビジネスへの影響
第3次モディ政権発足:インドの政治変動とビジネスへの影響
6月4日に開票されたインドの総選挙では、インド人民党(BJP)が単独では過半数を獲得できませんでした。与党連合・国民民主同盟(NDA)の支持を受け第3次モディ政権が発足したものの、モディ首相の求心力は低下しました。本記事では、連立政権となる第3次モディ政権が企業に与える影響と、今後数年間のインドの経済成長や構造改革の見通しを分析します。
【サマリ:第3次モディ政権下でのビジネスリスクと機会】
- 3期目となるモディ政権は連立パートナーに依存することになるため、政権が5年の任期を全うできるのか懸念が高まっている。インドで企業が「ポスト・モディ」のシナリオを考え始める中、企業の効果・効率を高める段階的な改革が新たに進む可能性もある。
- 前政権から引き続き、幅広い分野において経済政策が推進される見込み。国内の製造、インフラ、再生可能エネルギーの拡大を確実にするために、政府が外国投資を積極的に誘致する可能性が高い。
- 連立政権はビジネス環境の合理化を進める一方、労働と土地取得に関する大規模な構造改革への意志や能力の欠如は事業運営にとって課題となる見込み。
- 連立維持の必要性により、議論が分かれる民法や市民権にかかわる立法は当面棚上げされ、企業へのレピュテーションリスクは緩まる見込み。
- 間接税の歳入分配などをめぐり、中央と州の合意形成が必要になり、BJPが統治しない州もより多くのビジネス機会を得ることが見込まれる。
連立政権による政治の不安定化
3期目となるモディ政権が発足したものの、モディ氏率いるインド人民党(BJP)は単独では過半数を獲得できなかったため、政権の安定を連立パートナーに頼らざるを得ません。主な連立パートナーであるジャナタ・ダル統一派(JDU)とテルグ・デサム党(TDP)は、過去に何度も国民民主同盟(NDA)との間で離脱や加入を繰り返しており、BJPとの関係は希薄です。現時点では、両党とも連立へのコミットメントを示していますが、イデオロギーや政策課題の違いにより、支持が揺らぐ可能性があります。これにより、モディ氏の最初の2期よりも政治不安のリスクは高くなることが想定されますが、モディ氏は3期目を全うし、投資家には政策の一貫性をもたらすことになるでしょう。
各政策の見通し
歴史的に見ると、連立政権は一党独裁政権よりも高い経済成長を遂げてきました。第3次モディ政権は、過去10年間に設定された経済的優先事項から逸脱することなく、急速な経済成長の継続を実現する可能性もあります。
<各政策アジェンダの見通しとビジネス環境への影響>
モディ氏が推進する政策課題の多くは、今後も継続されると見られますが、政府の推進力は弱まるかもしれません。モディ政権は、インフラプロジェクトへの支出に加え、国内製造業の促進のため、インセンティブとして13のセクターに280億米ドルを割り当てました。しかし、政府は次の選挙を見据えて支持基盤を強化するため、これらの資金の一部を、福祉制度に振り向ける可能性が高くなっています。
そのギャップを埋めるため、民間や外国からの投資促進は強化されますが、その成功はビジネス環境の改善にかかっています。連立政権は、政府の承認プロセスをデジタル化し、コンプライアンスの負担全般を軽減するという2次政権の取り組みを土台にしていくでしょう。また、既存の税制をさらに合理化する取り組みも進めるでしょう。
しかし、単独政権下でも進まなかった労働改革と土地改革の実行は、さらに困難になるでしょう。近年インドで行われた重要な改革には、連立政権によって実施されたものもありましたが、コンセンサスを構築するために緊密に協力する必要がありました。モディ氏は連立政権の経験がなく、自らの政策課題を推進するために連立パートナーの合意を得るということは未知の領域です。
勢いを増した野党は、モディ氏に対して譲歩せず、政府の重要な決定に対して街頭デモなどを通じて反対する可能性が高くなります。野党が結束し、議会でより強力になることで、重要な改革や法律の成立が長い間遅延する懸念があります。その間の改革の停滞が、インフラプロジェクト、製造業、大規模な再生可能エネルギープロジェクトなどにおける、運営上の課題となるでしょう。
新しいインド:リスクと機会
インドにおける高い規制リスク、オペレーションリスク、労働リスクは今後も続くでしょう。一方で、モディ氏の他にも目を向けるべきです。まず、モディ氏の求心力低下が明らかになったことで、地域政党や州政府(特にBJP以外の政党が率いる州政府)が、より強い発言力を持つようになります。その結果、連邦政府は、限られた数の州だけにビジネスチャンスを集中させることができなくなる可能性があります。
以前のモディ政権は、グジャラート州とウッタル・プラデーシュ州を優遇していると非難されていました。今後は、より多くの州が新たな機会を求めて競争できるようになり、外国企業はインドへの投資先に関して、連邦政府からの政治的反発を恐れることなく、より多くの選択肢を持つことができます。例えば、テルグ・デサム党のチャンドラバブ・ナイドゥ党首は、アーンドラ・プラデーシュ州を製造と投資の拠点として売り込んでいく可能性があります。
また、現地パートナー企業に対する監視の強化も重要です。ビジネスパートナーがモディ氏やBJPと近いことは依然として有利に働きますが、政治的なつながりが、企業を政治リスクや風評リスクにさらす可能性があります。モディ氏に近いとされるコングロマリットは、すでにメディアや野党からの厳しい目にさらされています。こういった企業が政府と結んだ契約や合意をめぐり、法的な問題を問われる局面が増えるでしょう。
これまで、民主主義の後退、モディ政権への過剰な権力集中、法執行機関の政治化、特定の集団のための政策推進などの要因から、インドでビジネスを行うことに対するネガティブな印象が生じていました。しかし、今回の選挙結果を受けてこれらの懸念は緩和されるでしょう。モディ氏の求心力低下、連立パートナーによるチェックアンドバランス、ヒンドゥー・ナショナリズムの低下が、国際社会におけるインドへの前向きな評価につながるかもしれません。
インドで事業を展開する企業は、長期的な戦略計画として「ポスト・モディ」のシナリオを検討し、現地ビジネスパートナーの政治的なネガティブリスクを改めて評価する必要があります。外国投資を確保するため州間での競争が激化する可能性が高いため、企業はベンチマーキングと利害関係者の評価を実施し、十分な情報に基づいた意思決定を行うことが重要です。インフラと再生可能エネルギーは、外国人投資家に、より多くの機会をもたらしますが、製造業は重要な労働改革と土地改革の遅れにより、困難に直面する可能性があります。
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