米国新政権がアジアにもたらす影響
米国新政権がアジアにもたらす影響
11月5日の米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利しました。共和党は、上院下院の両方で多数派を獲得し、トランプ氏と共和党が議会を完全に掌握。これにより、トランプ氏が政策を推進する上で制約はほとんどない状況です。今回の選挙で有権者にとって重要な争点となったのは、雇用やインフレ、妊娠中絶の権利、民主主義のあり方でした。しかし、有権者が幅広くトランプ氏支持にシフトしたことは、インフレや生活費、経済問題に対する有権者の「実体験」が、ポジティブな経済統計とは関係なく、トランプ氏勝利の主な理由であったことを示しています。
選挙期間中、選挙公約の「アジェンダ47」はわずか16ページしかなく、トランプ氏が掲げた政策アジェンダは非常にライトでしたが、トランプ氏は、規制緩和(エネルギーや技術分野を含む)と減税(2025年に期限切れとなる2017年税制改正の延長や法人税の引き下げなど)を通じて米国経済を強化することに重点を置くと見られます。関税は、他国(特にアジア諸国)との二国間貿易赤字を削減するための露骨な政策手段として行使されるでしょう。トランプ氏は、特に製造業と農業において、米国の競争力を高めることを優先分野として挙げています。トランプ次期政権における対アジア政策は、今後数年間、ビジネスリスクを高める主要な要因となるでしょう。その影響は、直接的なもの(貿易政策、関税、制裁など)だけでなく、間接的なもの(トランプ政権の国内政策が米国経済に及ぼすノックオン効果、厳格な新ルールに準拠しようとするグローバル・サプライチェーンを持つ国・企業への影響など)にも波及するでしょう。
【特に注視すべき領域】
1.米中関係
トランプ氏は、中国に対する競争と規制の強化、特に技術管理の強化についてワシントンにおける超党派の支持が広がり深まる時代に大統領に就任します。新政権には中国との関係を安定させたいと望む声もあるでしょうが、トランプ政権の一期目では、無遠慮な政策と顧問の頻繁な入れ替えが見られました。このように、迅速な政策変更が起こったり、貿易や経済同盟・安全保障同盟における世界的な規範を覆す可能性があります。トランプ氏は、米中間の貿易戦争を大幅に加速させると公言しています。選挙中に言及した内容の一部は、強硬な立場を示すための誇張も含まれるかもしれませんが、貿易制限の増加や中国との戦略的競争の傾向は今後も続くと予想されます。二期目のトランプ政権では、バイデン政権の「スモールヤード・ハイフェンス(限定された技術に関して敷居を高くして守る)」戦略のようなターゲットを絞った政策アプローチではなく、幅広い領域での関税、制裁、第三国に対する中国との貿易制限を強いるような強硬手段がとられるでしょう。
一期目のトランプ政権時の経験から、中国は「信頼できないエンティティ・リスト(UEL)」「輸出管理法(ECL)」「反外国制裁法(AFSL)」など、対米制裁や輸出・投資規制に対抗するためのメカニズムを開発しました。中国はここ数年、経済的な回復力と報復オプションを構築してきましたが、これらの手段を完全には活用していません(2024年にUELを使用しましたが、慎重かつ選択的に行われました)。2024年7に開催された中央委員会第3回全体会議(3中全会)でも、中国の対外制裁に対抗する能力を強化し、「ロング・アーム管轄権」を行使し、重要産業のレジリエンス計画を構築し、サプライチェーンを「自主コントロール可能かつリスク管理可能」にすることを承認しました。
2025年に、米国がさらに貿易措置を進めるのであれば、中国は報復を強化する態勢を整えています。中国は報復手段をより頻繁かつ強力に行使するかもしれませんが、それでも選択的に行われるでしょう。そうなれば、グローバル・サプライチェーンの相互接続性により、その影響は米国だけでなく、アジア全域やその他の国・企業にも及ぶでしょう。貿易や輸出管理のルールが厳しくなる場合、各国政府は中国から自国の法律に従うよう求められる一方で、米国や他の国からは制裁を強化するように求められるという、相反する要求に板挟みになり対応がますます困難になります。
2.アジア全域への影響
トランプ氏は多国間よりも二国間での交渉を好みます。そして次期トランプ政権は伝統的なタカ派や国際主義者による抑止力がかなり弱まるでしょう。制度、同盟、貿易連携への参加は、良くても条件付きで参加(WTOなど)、最悪の場合は、無視や脱退(トランプ氏が離脱を公言している「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」など)となるでしょう。トランプ大統領の政策的な立場の多くは、他国の指導者との個人的な関係の強さに基づいていると予想されます。これは、斬新な関与の道が開かれる可能性がある一方で、彼の取引的なアプローチを補完しない指導者にとっては反撃のリスクも高まります。
トランプ氏は、貿易をゼロサムゲームと見なしており、中国だけでなく全ての国との貿易収支を改善することに強い関心を持っています。戦略的な外交関係への影響をあまり考慮せず、経済的な目標を追求する可能性が高いです。この傾向は、これまでのバイデン政権下では、この地域の安全保障上の重要な同盟国とみなされていた東南アジア諸国に重大な影響をもたらすかもしれません。
ここからは各地域・国への影響を見ていきます。
<日本>
日本では、石破首相と、先の自民党総裁選で争った高市早苗氏が、それぞれ祝辞を発出し、日米同盟に基づく強固な日米関係の維持と強化を強調しています。2025年に実施予定の参議院選挙の前後に、首相が交代する可能性もありますが、少なくとも自民党政権が継続する限りにおいては、首相が誰に交代した場合でもトランプ氏との個人的な関係構築を優先するでしょう。これは、トランプ氏の一期目に故安倍元首相がゴルフ外交で示した戦略です。また、日本は、2024年末までに日本製鉄によるUSスチールの買収が完了することを期待していると表明しています。トランプ氏は、米国への全ての輸入品(日本からの輸入品を含む)に対して10~20%を共通の追加関税として賦課することを主張しています。しかし、トランプ氏と政権移行チームが主張する他の関税措置と同様に、現実的に検討が進んでいるのか、通商法301条や通商拡大法232条またはその他の手続きとなるのかなどは不透明です。これは、米国市場での事業活動やサプライチェーンにとっての重大な不確実性となっています。
対中関係についても、米国による中国への各種措置の踏襲や、日本からの戦略資源の対中輸出の停止や制限が、新政権ではより強く求められるでしょう。日米安全保障関係については同盟関係が不安定化することは考えにくいものの、共和党を含む議会からの強い反対にも関わらず、トランプ氏が政権期間中ウクライナ情勢や南シナ海などで同盟国に対する軍事的コミットメントを著しく低下させた場合、日本を含む東アジアの軍事的不確実性を増大させる可能性があります。
<東南アジア>
トランプ氏が「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」などを破棄するという公約は広く知られています。新たな貿易関連の提案がない限り、米国と東南アジア諸国との貿易関係が大幅に改善する可能性は低いでしょう。中国企業が輸出向けの生産を東南アジアに移転していることから、トランプ新政権は東南アジア諸国に対する貿易違反の取り締まりを強化するかもしれません。ベトナム、タイ、マレーシアなど、米国が大きな貿易赤字を抱える国々は、一次制裁や二次制裁の対象となる可能性があります。特にベトナムは、ベトナムの対米貿易黒字を均衡させるだけでなく、中国製品の輸出がベトナム経由で行われることに対する取り締まり強化に備えています(これらはバイデン政権時代にも注目された分野です)。
<インド>
インドは、米国の重要な二国間パートナーとして注目されます。米国大統領選の結果を受けて、インドのモディ首相は、トランプ氏との協力と友好関係の再構築を楽しみにしているとSNSで述べました。しかし、インドはトランプ氏の関税や移民に関する政策には慎重な姿勢を保っています。
ミスが許される余地がない新たなリスク環境
上院・下院において共和党がどれだけ多数派となるか、主要な議会における役職や委員会への任命、内閣やトップアドバイザーの指名などが決まるまで、トランプ新政権の政策の詳細はまだ明確ではありません。しかし、一つだけ明らかなことがあります。一期目の時に比べて、現在の世界では、火種、経済的課題、相互依存性が増しています。どの国の指導者(特に米国大統領)が誤った行動をとったとしても、ビジネスの運営環境に重大な影響を与えるリスクが高まります。リスク環境はますます予測不可能になり、ミスが許される余地がほとんどなくなっています。
コントロール・リスクスは、世界中に200人以上の地政学・経済学の専門家を有し、包括的な政治・マクロ経済分析・予測を用いたコンサルティングサービスを提供しています。本記事で取り上げた米中関係をはじめ、地政学的リスクや特定の国・地域の政治経済リスクに関するご相談がございましたら、是非お問い合わせください。